「虐待」という他に、何か言葉は無いのかな…。
「ぎゃくたい」と聞くたびに気分が落ち込む。「虐待」という活字を見ても不快感が…。何か他に無いのか!?と時折疑問に思うことがある。
虐待という言葉について
日本では「child abuse-チャイルド・アビューズ-子ども虐待」と使っています。しかし、子育てに苦悩し、解決策が見つからず、わが子に手を挙げてしまうような保護者のことを考えると、「虐待」はきつい感じを受ける言葉です。
「虐待」がゼロになることは無いのか?
なぜこのような社会が出来たのか。世界各国で様々な形で涙を流し、心を凍らせ、悲惨な思いをしてる子ども達が存在しなきゃいけないのか…。「何かできることはないか」と考えてもかぁちゃんは何の力もない。ひとりの娘を精一杯幸せにすることだけ。でもでも、小さい力だけど、養育者みんな、大人みんながそう思える世の中になればいいのに。
虐待による死亡事例は年間50件を超え、1週間に1人の子どもが命を落としています。
一般人の関与が難しい
街中でしか見れないけど、時々これって「虐待!?」と感じる光景がある。でも「あなた虐待ですよ」とか言えないし。たまたま子どもが叱られるようなことをしたのかも知れないし。一般人が関与するのは難しい問題だと思う。安易に通告も出来ないし、したくないし。
次にその親子を見かけた時「笑って会話してて欲しいな」と思う位しか。
次にその親子を見かけた時「笑って会話してて欲しいな」と思う位しか。
心配されるのは、「虐待」という言葉を使うことにより、一生懸命に育児してきた日頃の努力を、すべて否定されたと保護者が感じてしまうかもしれないことです。迷っていること、困っていることについて「ひとつひとつを一緒に解決していきましょう」という気持ちで、周囲の人たちは接することが大切だと思います。
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悲しい結末を迎えない予防策のひとつに、妊娠の段階からサポートしてくれる場所があったら、それはそれは多くの女性の強い味方になるのでは無いか。「相談したくても、しにくい」「相談したくてもする場所が見当たらない」そんな女性も多く存在するハズ。
にんしんSOS東京でわたしがしたいこと、それは人生を大きく変えるような出来事=妊娠、に戸惑うお母さんの「意思を尊重して、寄り添うこと」です。
「産む」、「産みたいけど産めない」、「産みたくて産むけれど育てられない」、「産みたくない」、、、、、どの選択も決めるのは女性自身です。
私たちはその決断を尊重します。そして、そのために必要な支援を一緒に考えていきます。